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2025年6月21日
ある日突然、政府が「お金を使うことを禁止する」と発表したのだ。
理由はシンプルだった。
人々は最初、戸惑った。けれど、案外すぐに慣れた。
代わりに導入されたのは、「信用スコア」という仕組みだった。
仕事をする、ボランティアをする、笑顔で人と接する、誰かを助ける――
そんな日々の行動が記録され、数字として可視化される。
スコアが高い人は、好きなものを自由に手に入れることができる。
食べ物も、住む場所も、サービスも。お金ではなく、「行動」が通貨になった。
しばらくの間、世界はまるで理想郷のようだった。
みんなが礼儀正しく、親切で、働き者だった。
だが、数年も経つと、どこかおかしな空気が流れはじめた。
ある男が、誰にも見られていない場所で、老人を助けなかった。
理由を聞くと、こう答えた。
「ポイントにならないなら、意味がないだろ?」
またある女は、表面上はにこやかに接していたが、裏では家族をひどく扱っていた。
「スコアは下がらない。バレなきゃいいのよ」と笑った。
人々は「善人の演技」に慣れていった。
誰もが「評価されること」に夢中で、
ほんとうの優しさや、素直な感情は、だんだんと姿を消していった。
ある青年が、政府の役人に問いかけた。
「なぜ、こんな社会にしたんですか?
昔のお金の方が、まだ正直だったかもしれません。」
役人は微笑んだ。
「我々は平等を与えたまでですよ。
誰でも“正しい行動”さえ取れば、報われる。素晴らしいじゃないですか」
青年は静かに言った。
「でも今の僕らは、“誰かに見られているかどうか”で行動を決めてる。
それって、自由なんですか?」
役人は答えなかった。
その日の夜、青年の信用スコアはゼロになっていた。
その朝から、彼はどんな店にも入れず、誰にも相手にされなくなった。
人々は彼を見ても、目を逸らした。
「関わると自分のスコアに影響する」と言って。
やがて青年の存在は、なかったことにされた。
ゼロの国では、「お金」という罪が消えた代わりに、
自由な心と、人間の誠実さが、静かに消えていった。
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